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2010年7月

2010年7月24日 (土)

hagirugは永遠に

夫の友人が亡くなりました。大腸がん、再発でした。血尿が止まらず、肝機能が落ちて、入院したら、状態が悪くなるのはあっという間でした。見舞いに行こうと、皆で話している1週間後に、もう二度と会えなくなってしまいました。最後は眠るように、笑っているような静かな静かな死に顔だったそうです。

夫と同じ高校で、ラグビーをやっていた仲間だったそうです。事情があったようで、高校は一緒に卒業できなかったようですが、いつもラグビーの仲間のことを話していて、今から4年前に、ヤフーでグループを立ち上げ、掲示板を作りました。彼のたっての希望だったそうです。いまや主宰者をなくした掲示板は、頼りがいのある仲間によって引き継がれ、葬儀の日程やその他の連絡も、その新リーダーの強いレーダーシップでその掲示板を通じて、たくさんのラグビー仲間に伝えられています。

思えば、病気にかかったことを初めて皆に告知したのもその掲示板でした。今から読み返してみると、つらかった闘病生活の様子が、切々とつづられています。でも、いつも希望を失わなかった。最後は、覚悟まで人づてで伝えていました。自分が長くないとわかったとき、人はどうなるのだろう。そんな考えさせられる文章が並びました。

今頃、お通夜が始まった頃です。今夜もたくさんの仲間が、彼のために集っています。また、明日は13:00からお葬式です。これまた今日に間に合わなかった仲間が、万難を排して集まることでしょう。せめて、近くで送りたい。こんなに身近な人がなくなって、それが現実だなんて、誰が想像したでしょうか。

人は、死んでも、生きていた頃の文章が残ります。ネットが身近になって、今は亡き人の思いを、死して尚伝えることができる。すごい時代になりました。私もこうやって伝えることで、自分の役目を果たしてるのだと思います。

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2010年7月20日 (火)

逆さ帯紛争?

京阪電車の祇園祭のポスター、今ネットでもかなり話題になっていますね。モデルさんの着ている帯の柄が、青海波とは逆になっていて、「あれはイイのか?」と皆がブログなどに書いておられます。

問題の写真、わかりますかねえ。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?b=20100717-00000539-san-soci

ズームすると、明らかに、帯の青海波の模様、反対なんです。これはイカンのではないでしょうか。伝統とか、吉祥文とか、人々が脈々と受け継いできたものは、いったいなんだったんだ、という話にもなってきちゃいます。

おしゃれだからって、逆にしていいもんでもないでしょう。他にドレスダウンする方法はいくらでもあったのでは?よりにもよって、祇園祭のポスターですよ。今年、ユネスコの無形文化遺産登録に登録された、初めての祇園祭でもあるんです。水を差すにも程があるのではないでしょうか。

百歩譲って、あえてこうしたのなら、少なくともたくさんの方が眉をひそめ、おかしいと言っているのだから、素直に申し訳ありませんでした、と頭を下げるべきでしょう。なのに、さらに開き直りともとれる発言、いったいどうなっているの?としか思えません。

私がこの当事者なら、いったいどうしたかなあ。本当は、とても恥ずかしいことなのに。京阪ともあろう大企業が。いったいどうなっちゃってるのでしょうね。

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2010年7月13日 (火)

夏が来て、そして終わった

娘がマネージャーをしていた高校の、野球部の夏が終わりました。一回戦でいきなり古豪とあたり、無念の7回コールドです。娘が3年の時に1年生だった学年で、知ってる後輩の、最後の試合だったことになります。

「もしドラ」とか、今あったら、この子達を娘なら甲子園に連れて行けるかな、なんて、夢のようなことを考えながら、精一杯がんばった野球部のみんなに想いをはせています。毎年、新聞に挟み込まれている、予選出場の各チームのメンバー表と集合写真を見ながら、今年は女マネがたくさんいていいなあ、なんて、思いました。娘の時は本当に少なくて、ほぼ一人で千羽鶴をずっと折っていましたから。(見かねた家族が手伝いましたけど)

どんなに弱いチームでも、どんなに無名のチームでも、高校野球児の願いは一つです。みんなで甲子園に行く。だから、彼らは、グラウンドで胸を張ります。ここで戦える、その誇りを胸に、たとえ点を取られても、強い相手に向かっていきます。

強いチームもあれば、弱いチームもある。それが高校野球です。恵まれたチームもあれば、大変な逆境でがんばっているチームもある。だから周囲は、胸を熱くしながら、ずっと応援し続けます。かっこいいぞ、お疲れさま、紫高ナイン。

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2010年7月 9日 (金)

逆縁の悲しみ

逆縁とは、仏教での言葉で、仏の教えを素直に信じない(縁に背く)こと、またはそのような救い難い人のことをもともと指していたようです。それが転じて、親類縁者でもない者が供養する、また年長者が年少者の供養をするということになり、さらには、親より先に死ぬことを指すようになりました。

はかなくも悲しい運命ですが、あってはならないこの逆縁に、最近は2度も出遭ってしまいました。

お一人は、夫の知り合い、まだ20歳代の若者です。このゴールデンウィークに、宇治川にキャンプに出かけて、川に流され亡くなりました。もう一人は、奈良県天川村のオートキャンプ場でのこと。つい先日のことです。新聞にも出ましたので、記憶に新しいかと思います。まだ20歳、大学2回生の若者でした。こちらは、知人がお葬式に出かけたと言っていました。

私にも同年代の子どもがいますから、逆縁になったら、と思うと、気が狂いそうになります。犯人探しをして、自分自身を責めて、きっとぼろぼろになってしまうと思います。誰のせいでもないと頭ではわかっているのですが、誰かを責めないといられない、憎しみを心の支えにしないと生きていけない、そんな悲しい自分になってしまいそうです。

物事には順番というものがあります。早く生まれたものは、先に死んでいくほうが、悲しみは少ないのかもしれません。果てしない可能性があったであろう若者の死に、心が痛みます。

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