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2010年10月

2010年10月31日 (日)

初TOEIC体験

いくつになっても、初体験ってできるものです。英検は何度か受験しているのですが、このたび、初めてTOEICを受験してきました。英検とまったく勉強法が違うので、これはこれで非常にエキサイティングでした。

たぶん、圧倒されるだろうと覚悟していた、最初のリスニング問題。難易度の低いものから順に、ぶっ通しで45分間みっちり解答します。その後、休みなくリーディング問題へ。75分の猶予があるはずなのですが、最後の20問は、もうまともに問題を読む時間もなかったくらい、あっという間でした。当然、実力不足、時間不足です。

問題は集中力ですね。学生さんや、それに近い年代の方は、2時間くらいの集中なんて、なんてことないのでしょうけれど、この歳で集中して45分プラス75分はキツイ。かなりの訓練が必要でした。いえ、歳のせいにしてはいけませんね。明らかに、自分の認識不足です。

大切なのは、捨てることであるといいます。この問題は解くけど、この問題はあきらめる、すぐに次がやってきますから、悩んでいる暇はありません。問題のナンバーがコールされたら、前の問題はチャラ。しがみつかないことが大切ですね。

それにしても、退院最初の週末がテストです。どこまでいっぱいいっぱいなんだと、改めて思いました。これ以上でもこれ以下でもないところに、ちゃんとピースははまるんですね。学ぶのもいいな、と、少しだけ学生気分を楽しみました。

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2010年10月23日 (土)

戦う黄色い戦士

私はマヤ暦でいうところの、戦う黄色い戦士、だそうです。常に何かと戦っていることが義務のようになっている性質を持っているのだとか。同じことを、昔占ってもらった先生もおっしゃっていました。あなたは、止まったら死ぬ、マグロのようだと。

だから、一時も暇な時間ができると、たまらなくなります。だらだら過ごすことが、基本的に苦手です。一向に上達しない和裁を、くじけずに続けているのも、やめられない性格だから。もう成人して、仕事を持っている子供たちの世話を、焼きすぎているのも、それが自分の役目だと、信じているから。何年たっても英語を習い続け、今年は初めてのTOEICに挑戦するのも、ただ、だらだら学んでいることに喝を入れたかったから。

たまに、田舎に帰ると、時間が止まったような牧歌的な生活になります。携帯も余りつながらないし、家だと何くれとなくある家事も、田舎だと限定されてしまいます。暇なことがないように、勉強することや、読むための本もたくさん持ってきているのですが、結局、犬の散歩をしたり、畑に降りて草取りの真似事をしたり、普段とは真逆の生活になります。

だから、病を得ると、信じられないくらい生活が激変しますね。いえ、日ごろの行いが悪いのか、私が家事をしないと、他のメンバーで代わりをしてくれるものが基本的にいません。暇なときには手伝ってくれるのですが、それはあくまで、本人都合。私が何かあったらって、すぐに全面的に代わってくれるようになっているようには、家族をしてこなかった。何でもやっちゃってました。私に何かあったら、困るのは家族の他のメンバーなんですね。

戦う戦士も、これからはほどほどにしなくては。力を抜くことを覚えないと、このように年に数えるくらいですが、自爆してしまいます。今回はかなりなダメージですので、その分、歳を取ったのでしょうか。あまり自爆が過ぎると、きっと命さえも落としてしまうのでは、という不安がよぎります。

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2010年10月18日 (月)

発信型メディアの光と影

先週の「金曜日のスマたちへ」という番組、ご覧になりましたでしょうか。「藤原さんちの毎日ごはん」という本が出版されたのですが、その著者であるみきママさん、という方が出ておられました。

これは、みきママさんがご自身がアメーバブログで「藤原家の毎日家ごはん」というレシピブログをされているのですが、その内容を本にまとめたものだそうです。「毎日、ウチごはんを作って節約しよう!」というコンセプトで、晩御飯を作る様をブログにアップしておられます。
http://ameblo.jp/mamagohann/

この本、「藤原さんちの毎日ごはん」は、ネット上ですごいことになっていますね。アマゾンだけで検索しても、賛否が分かれてほとんど炎上に近い。トピックがすごく立っています。ブログを見る限りでは、普通のレシピブログのような気がしていたんですが。

多分、本を作るにあたって、編集者の方が勝手にくっつけたであろう「カリスマブロガーの…」とか、「20000円で毎日ごはんを作る」とか、「週に食費が6,000円」とか、キャッチーな言葉がネット上の主婦の面々を刺激したのでしょうね。レシピの完成度から栄養面のコメント、添加物や調味料の量まで、細かく指摘しておられる方もいらっしゃいました。一理あるところもあるのでしょうか。

ブログでとどめておけば、アクセス数の多いブログ、で終わったんでしょうけれど。普通の方が突然有名になったら、こういうリアクションなんですね。手が届くすごさって、反発の対象にもなりうるのかも。発信型のメディアは、読者や訪問者と近い分だけ、厳しいですよね。メルマガを始めた頃、言葉一つで様々なリアクションを受けたことを思い出しました。言葉は慎重に慎重に選ばなくては。

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2010年10月 9日 (土)

家族同然の別れ

とうとうお別れしちゃいました。ウチで10年がんばってくれたパソコン。データ消去するために、リカバリーCDを入れると、最後の抵抗か、大きな音が繰り返しするだけで、なかなか画面が進みません。パソコンにも心があって、きっとつくも神になっちゃったのかなと、自分でナットク。無理強いはしないでおこうと。

スペックは古くなっても、表示に時間がかかっても、まだ十分使えるので、まだまだがんばってほしかったのですが、仕事の都合上、やむなく、という形で手放すことになりました。今年、同じような会話を夏、したと思います。12年間乗った、カローラ2ウィンディのときです。

今年は、どういう星の巡り合わせか、2回も家族同様の大事な道具たちを手放すことになりました。万物に霊は宿ると信仰してきた私たち日本人は、道具にも限りない愛情を注ぎます。イチローが大リーグに行っても、自分の道具を大切にする習慣を崩していないのは有名な話です。

『陰陽雑記』という書物に「器物百年を経て、化して精霊を得てより、人の心を誑す、これを付喪神と号すと云へり。」とあります。大事にされ、愛された道具は、100年といわずにもっと短い期間でも、心が宿るような気がします。まだ動く機械を廃棄するために梱包すると、道具の深い悲しみが伝わってきて、本当にせつなくなりました。

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2010年10月 4日 (月)

不安の中にプロが

「プロとは、不安を持ち続けることのできる人である。この方法でよいのか?間違っているのではないか?進むべき方向は本当に正しいのか?羅針盤が狂ってはいないか?…常に様々な不安と疑念を抱き、それを解決するために尽力し続ける人である。」

忘れた頃に思い出したい、大切な言葉を、ツイッターのリツイートで見つけました。仕事がいやになって、もう辞めたいとか、投げ出したい、という時に、ちょっぴり勇気を与えてもらえそうです。

もともとプロとは、迷いがなく、いつも完璧、そんな領域に達しているから不安なんて到底持ち得ないのでは、と思っていました。だから、時に人は慢心します。自分はまさか失敗しないだろう、と思っているので、何か起こった時に対処できず、そんな自分に耐え切れなくなるのです。だからプロは、常に最高を求めて、不安の中にいるんですね。

今の失敗は過去の自分の責任。今の苦労は未来の自分のため。そう言い聞かせても、目の前に起こった失敗や不幸は、なかなか受け入れられません。それによって失うであろう信頼、次に同じことが起こらないかという心配、マイナス要因は列挙にいとまがありません。

生きるってことは、アップダウンの連続なのだとわかっていても、なかなか失った自信は取り戻せないものですね。この歳になって、メンタル弱いとか、ないでしょ。ホントに。

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