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2011年4月

2011年4月28日 (木)

少し、わかった

今朝の「とくダネ!」を見ていると、だんだん今の、福島原発のことがわかってきました。もともと、テレビで頭を下げている、東電の方々のことは、身びいきのせいか、そんなに悪い方には思っていなかったところがあります。息子が電力系の仕事なので、いろいろ中の話を聞いたりしていました。

東電の所長さんが、官僚にキレたそうです。内部映像を今回撮った専門家によると、もともと、あんなに大きな津波を受けながら、こんなに建物が被害がなかったのは、本当に信じられないくらいの奇跡なんだとか。この残った設備の中で、安全に原子炉を冷却停止させるために、信じられないくらいの人員が投入されました。一時はみんなが一つのところで寝起きしていたので、報道にあったような、劣悪な環境が生まれたようです。今は、ずっと環境もよくなったそうです。

今回、海側に堤防を作ってくれと、今後の安全のためにも作ってほしいと、懇願されたそうですが、それに渋い顔をしたのが、某所の方々。報道でははっきり言われていましたから、少し、今回のようになってしまった原因がわかりました。所長さんではないけれど、独占的に電力を供給するために、そっちの方面に頭を下げなくてはいけなかった東電、そりゃ、やってられね~、ですよね。そっち方面の方々も、もしこの忍耐強い東電の現場、関連会社の方々が、やってらんね、と放棄してしまったら、どうするつもりなんでしょうか。

本当に、信じられないくらいの方々が、今回の復旧にかかわっておられます。東電、関連会社、プライマリ、セカンダリと呼ばれる、下請け会社、今まで原発に関わってこられて、定年を迎えて退職された方も、長く原発にお世話になったということで、今回の復旧作業に参加されています。

自分たちの原発、自分たちで元通りにする。もともと原発の性能がどうだとか、こうだとか、いろいろ報道されたこともあったのですが、そんなことは、現場では関係ありません。まじめで忍耐強くて、努力家の日本人。きっとこの苦境も、多くの自己犠牲の上に、無事に危機を乗り越えるでしょう。日本人の力を信じています。頑張ってください。たくさんの方々が、今も待っています。

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2011年4月20日 (水)

東北新幹線再開

被災地の復興の兆しがみられるこの頃、テレビ報道などでそれを確認して、少し安心しています。漁業関係者の強い決意などが、明るい話題として、たくさん取り上げられていました。悲しい話題だけでなく、がんばるぞ!という声が、被災された方々から出ることは、逆に私たちの励みになっています。

そんな中、驚異の回復再開したのが、新幹線です。報道では、30日にも全線再開の見込みだそうです。多少山地に線路があったとはいえ、被災したのは新幹線も同じ。線路の復旧は、簡単なことではなかったと思います。

旧国鉄で、保線区と呼ばれたセクション、今JRになって、なんという呼び名で呼ばれているのかわかりませんが、そこに知人がいました。車掌でもなく、運転手でもなく、保線区、です。でも、毎日の列車の安全な運行を支える、大切な大切な仕事です。国鉄マン、というスマートな呼び名が通用しないくらい、日に焼けて、たくましかったです。

今回の復旧には、JRだけでなく、多くの外注の方々のお力もあったと思います。福島第一原発で復旧作業に当たられている方々も、東電の社員さんだけではなく、下請けの方々も多いと聞きます。報道は原発ばかりで、JRの復旧に関しては、取り上げれていませんが、走ってて当たり前、の交通機関の陰で、すごい技術をもってあっという間に新幹線を走らせた、JRの保線の方々の偉業に、感謝したいと思います。

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2011年4月11日 (月)

ドキドキしたよ

選挙が終わりました。こんなにドキドキした選挙は、おそらく初めてだったんではないでしょうか。実は右京選挙区市議選に、知人が出馬されていたのです。新人ながら、現職を票差でおさえて、3位当選を果たされました。本当におめでとうございます。

若くて、かわいいお嬢さんだったと思います。ご一家の中で、知っているのはお母様と妹さんだけですが、物静かで、おとなしいイメージしかありませんでした。出馬されたのは、息子のクラスメートのお姉さんです。今回の市議選で、大きな風が吹いたといわれている、京都党という、新しい若いパワーのグループでした。

投票日前日、家族で選挙、どうする?という話をしていたとき、息子がそういえば、知ってる人、出てるよ、と言い出しました。え、誰?ということで、改めて選挙公報を見直して、経歴などを見てみましたら、あらあ、前、住んでいたところの、同じマンションのお嬢さんではありませんか。

そういえば、少し前から、議員定数削減を掲げて、政治活動をされているグループがあることは、ポスターなどで知っていました。報告会、弁士誰々、と書かれてはいましたが、まさかそれがあのお嬢さんだとは、夢にも思いませんでした。

京都市議会は、数年前からあまりいい評判は聞かず、全国的にもちょっぴり肩身の狭いニュースばかりだった気がします。これで、市議会も変わってくれるでしょうか?新しいパワーに、本当に期待したいと思います。政治が楽しみだと思ったのは、正直、初めてかもわかりません。がんばれ、江村さん。

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2011年4月 5日 (火)

委縮はよくないといわれるけれど

震災の影響で、物資の流通が滞り、東を中心に経済活動が困難を極めています。ここにきて、出荷停止とか商品流通延期とかの話を聞くたびに、東北っていかに日本の経済を支える工場が、たくさん存在していたのかと、改めて驚く次第です。

東北の方々は、実に我慢強く、謙虚で真面目で、一生懸命働かれます。しかも自然に恵まれた立地、広くて十分な敷地が確保できるとか、工場誘致の条件が整っています。東京とのアクセスにも恵まれていますし、物流も問題なく今まではできていた。だから、今このような震災が起こって、それがとまると、日本の経済が大打撃を受けるようなことになってしまうのですね。

関西は反面、今回の震災では直接的な被害はありませんでした。電気もインフラも、通常どおりです。物流が混乱して多少の物資がなくなっても、東北の被害に比べたら、なんてことはありません。デマのチェーンメールのおかげて、節電まで協力しちゃったくらいです。

しかし、生活に関しては、心情的に普通ではいられません。どうしたって「被災地の人はそれどころじゃないんだから」と委縮してしまいます。もともと不景気でお金を使わないところにもってきて、一部の商品を買いあさる代わりに、普通の楽しみのために使うお金までが少なくなってしまいますね。

私たちはネットショップをやっているのですが、販促のためのメールマガジンを出すだけで、配慮が足らないとか、不快だとか言われてしまいます。

被災地復興のためには、日本経済自体の底上げも必要です。被災地のことを考えるならば、委縮ばかりはよくないのではないかな、と思います。どんどんお金を使え、とは言わないけれど、東の悲しみを西が引き受ける、くらいの気持ちでいたいと思うのです。まだ、不謹慎でしょうか?少しずつですが、みんな、普通でいいよ、という流れになってきたような気がするのですが。

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