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2011年6月

2011年6月18日 (土)

住んでる町が好きになる!

もう10年以上もお世話になっている美容院の方が、独立されるということで、初めて新しいお店に行ってみました。場所は、大映通り、太秦の中心的な通りにあります。新しい美容院は、新しくて、インテリアにも凝った、とても素敵なところでした。

京都自体がスピリチュアルな場所だといわれていますが、その中でも太秦は、スピリチュアル度が高いといわれています。蚕の社や太秦広隆寺がある、というだけでなく、もともと、太秦は日本のハリウッド、と呼ばれるほど、映画の撮影所がたくさんあったところでした。戦後、松竹・大映・東映が太秦に揃い踏みし、映画の街だったそうです。

大映の撮影所があった場所は、今は太秦中学校になっています。ここで撮られた黒澤明監督の「羅生門」が、ヴェネチア国際映画祭で、金獅子賞を受賞したということで、記念の碑が建っていて、今はそれだけが当時の栄光を伝えています。

松竹・東映の撮影所は今も残り、映像を学ぶ学生とか、観光客の方などがよく訪れていらっしゃいます。大映通りは、京都のほかの商店街、例えば寺町とか新京極などと比べて、明らかにさびれていますが、地元の方々が盛り上げようとされている息吹が、とてもよく伝わってきて、行くのが楽しいところになっています。

また、車があまり入ってこなくて、自転車や子供が多かったり、近くをがたごとと嵐電が通る、というシチュエーションもいいのでしょう。建ってるマンションやおうちも、一工夫された、意外な感じのものが多いですね。こんな住宅街に?と思うような場所に、ぽこっと店舗があったり。さびれてるけど、それに甘んじてない、どこか物悲しい気がするのもスピリチュアルゆえんでしょうか。

その太秦にこだわった美容院の方のおかげで、大映通りをじっくり歩いてみて、太秦という街が、余計に好きになりました。ここらあたりに出かけるには、車ではなくじっくり歩きます。歩くからこそ、見える光景もあるようで、ここに移ってきて3年くらいになりますが、ようやく住民になれた気がします。

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2011年6月14日 (火)

自分軸

人間の欲というのは限りないもので、ヨガの教えで「断捨離」という実践哲学・整理術(?)を常日頃、気をつけようと思ってはいるのですが、気がつくとエライことになっています。

まず、とめどなく、食べる。仕事中、ストレスがかかると、ついつい食欲に歯止めがかからずに、食べてしまいます。まるで、食べることでストレスを軽減させているかのように。食べれば食べるほど、老化していく気がします。

次に、買い物したくなる。仕事頑張ったんだから、このくらいいいよね、となる。それも、出て行って、お店で手にとって見るのではなく、ネットで簡単に買ってしまいます。計画性が、いっさいなし。だから、使わなかったものも結構あるのです。どうしましょう。

さらには、仕事をしないときが怖い。仕事が常習的に忙しいことに神経が慣れているので、たまにぽかっと時間が空くと、暇になったらやろう、と思っていたことが、ひとつも進まなくなります。ぼーっとしていたりすると、時間なんてあっという間に過ぎてしまいますから、暇なときこそ、効率的に動かなくてはいけませんのに。忙しい時は、早く暇になれ、と思うし、暇になれば今度は不安になります。

結局、上手に生きるって、今の瞬間を満足する、ということだと思うんです。誰かをうらやましがるんではなく、自分を軸に生活する。いつまでたっても、なかなか、そんな心境になりませんけどね。

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2011年6月10日 (金)

わかる気がする

国民的な行事になった感のある、AKBの総選挙が終わりましたね。かなり前から、みんなの話題に上っていましたから、東京では号外が配られたようですし、今朝には、全国ニュースで、大々的に取り上げられていました。

この総選挙に参加するために、一人で数十枚のCDを買う方はざらで、テレビに出ておられた方のお知り合いなどは、ボーナス全額、この総選挙に突っ込んだとか。いったいいくら使われたんでしょうか。そのオシメンは、どのくらいのランクに入ったのでしょうね。

振り返ってみれば、自分だって覚えがあります。昨年でしょうか、デビューライブが行われた場所で、原点回帰のライブが行われた際、(デビュー35周年なので)付いた値段が公式で35,000円。一瞬でも、行く気だった自分がいました。往復の新幹線代と宿泊、コンサートチケットで、20万円を下らなかったでしょう。仕事を調整して、家族の手当をして、面倒くさいことをすべてクリアして、本当は、行きたかったのかもしれない。

さすがに、ファンクラブ先行販売の時点で、思いとどまって行きませんでしたが、このボーナスをつぎ込んだ男性は、その一線を越えたんでしょうね。きっと、満足でしょう。いや、ちょっぴり後悔しているかな。これから半年、そのためにまた、働くのでしょうね。
ファン心理をついた作戦に、脱帽です。乗ってしまう自分と、それを楽しむ自分と、なんともいえない気持ちですね。わかる気がします。

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2011年6月 2日 (木)

厄ってどうよ?

自分が厄の時は忘れているくせに、身内にアンラッキーがちょっと続いて、それはどうなの?と考えてみたときに、あ、厄かもってふと思いあたりました。

最初はエステで、金銭的なトラブル。次に原チャでスピード違反で切符もらって、さらに車ぶつけて、直すのに結構お金がかかりました。その後、ちょっとした風邪だろうと思って病院に行くと、手術した方がいいといわれ、数日後傷心のうえに原チャでさらにスピード違反。アンラッキーでは済まないことが次々ありすぎです。

昔の人は偉いですねえ。だいたい、同じようなタイミングで、運気のバラツキが出たり、健康の浮き沈みが起こるから、@@歳は気をつけなさい、という形で口伝えで伝わっています。今まではずっと半信半疑だったんですけど。自分のときは、精いっぱいで何が何だかわからず、あっという間に過ぎてしまった感じです。家族に起こると、冷静に見られて、あ、これは、とピンときました。

逆に、周囲の不幸を吸い寄せてしまうタイプの方もいらっしゃいますよね。いったい、どんな原理、摂理で世の中は動いているのでしょうか。私自身が、結構ゲン担ぎをするほうで、こまめに神社を回ったり、厄祓いをしたり、自宅には生花を置いたりするのに、なんでだろ。

やっぱり、周囲じゃなくて、本人が厄除けに行ってもらわないと、周囲は迷惑千番ですよね。金銭的には助けてやらないといけないし、同じ悲しみを分かち合う、という意味で、一緒に背負っちゃっている感じです。アンラッキーが続くと、お部屋に香を焚いたりして、いい気を呼び込むようにはしているんですけどね。祓いきれないよ。

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